泣くと。

兵器擬人化一次創作と映画の感想と日常

新年明けまして大和ミュージアム



もう一月の初旬も過ぎましたが、明けましておめでとうございます。
謹んで新年のお慶びを申し上げます。
本年も精進して参りますので、何卒よろしくお願いいたします。

さて、年末の記事で昨年は呉に行っていないというようなことを書きましたが、改めて文字にしてみるとなんだかとても呉に行きたくてたまらなくなったので、この三連休を利用して行って参りました。


10分の1大和

相変わらず舐め回すように大和の写真を撮りまくる。

特別展「日米最後の戦艦展」も見て来ました。
日系二世でありつつ日本軍に従軍された方々のことや、大和乗組員の方々の手記、巡洋戦艦「天城」と航空母艦「信濃」の設計図や、その他模型など貴重な資料が展示してありました。
ミズーリといえば1945年9月2日に降伏文書への署名が行われたことで有名です。艦歴やスペックの比較というよりは、降伏文書関連の資料が多かったように思いました。

降伏文書への調印に関して、重光葵氏の「不名誉の終着点ではなく、再生の出発点である」という言葉が心に残っております。

それから、ドキュメンタリー映像の中にあった当時のニュース放送で、ミズーリの発音が「ミズリー」だったのが印象的です。


零戦六二型

大和の模型や零戦を画角に収めるために、広角レンズを持っていったんですけど、やっぱり広角レンズで無理矢理画角を広げると画面端の方のゆがみが気になりますね。
フォトショがあるので多少は修正がきくんですけど、正直面倒くさい(直球)ので友人のアドバイス「広角レンズの、一番画角が狭い状態で撮る」を実行していました。



ところで、私が大和ミュージアムに行くとき、いつも一人なんですけど、これめちゃくちゃ気になるんですよね。
次回、誰かと連れ立って訪れる機会がありましたら、変なテンションで撮ってみたいです。

今回は江田島方面には行かず、大和ミュージアムとてつのくじら館を見学した後は、広島市内に戻り観光をしていました。
帰って来て気付いたんですけど、路面電車の写真を撮っていなかったですね。

体感的には、そこまで観光客が多くなかったような……?

年の初めに呉に行くなんて贅沢で幸せな年明けです。
今年も一年、頑張っていこうという気持ちになりました。

そして、大和ミュージアム十周年、来場者1000万人突破(「日米最後の戦艦展」来場者20万人突破)、戦艦ミズーリ記念艦との姉妹館協定締結、本当にたくさんおめでとうございます!

今回の撮影機材
・Nikon デジタル一眼レフカメラ D5200
・レンズ:AF-S NIKKOR 18-55mm f/3.5-5.6G(標準ズーム)/TAMRON SP AF 10-24mm f3.5-4.5(広角)

ここからは戯れ言ですが、
大和ミュージアムに来るといつも思うんです。兵器の開発や戦争は、産業・ものづくりの発展に紐づいているなぁ、と。それが良いことか悪いことか、私は結論を出しかねます。それでも過去の“恩恵”として今の技術があると考えると、全てを否定することはできません。
大和の測距儀は日本光学工業株式会社製、つまり今のNikonです。(私がNikonのカメラを愛用している理由です)
飛行機や戦車の発動機、造船技術、光学技術、通信技術、その他たくさんのこと……さきの戦争がなかった場合、それらはどのような進化をしていたのか、10分の1大和の測距儀を見上げながらカメラを握りしめ、一人思案に耽るのでした。

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