泣くと。

兵器擬人化一次創作と映画の感想と日常

【長崎二日目】島原・雲仙 地獄編


はてさて、長崎二日目(10/17)でございます。

二日目の行き先は島原市、雲仙市の観光です。


すっごい平野

島原市の武家屋敷や島原城、雲仙岳、雲仙地獄めぐり、眼鏡橋なんかにも行きました。

武家屋敷通りには幕末に引かれた水路が。



実に風流ですね。

武家屋敷も余すところ無く見学したんですが、すみません、なにぶん狭いところに大人数で見学に行ったものですから写真にいっぱい人が映り込んでいてちょっと載せられるやつが無かったです。
あと私は厠に閉じ込められたりしてました。


数少ない人が映り込んでない写真。中はこんな感じでした。伝われ〜!

そしてお昼ご飯は島原城の近くのお店で島原名物・具雑煮(ぐぞうに)を頂きました。
これがめっちゃうまーい!!
と、言いたいところでしたが、お恥ずかしながら私 椎茸が苦手なものでして……。椎茸だけよけて食べていました。


でも本当に美味しいんですよ!

腹ごしらえを終えましたら島原城見学です。
天守閣にはキリシタン資料館なんてものもあるんですが、こちらも大変興味深かったです。
キリシタン燈篭やキリシタン脇差、マリア観音など見ることが出来ました。


島原城

Nさん「あらゆるものにキリシタンってついてるし、なんでもキリシタンってつければいいんじゃないの?キリシタンiPhoneとか」
私(キリシタンiPhoneってパスコード001225とかなのかな……)

ちなみに島原城の最上階は展望台になっていました。

!?

み、見える……見えるぞ、ドックと思わしきものが…!!

(三日目への伏線です)

Sさん「それにしても、神様も“踏み絵なんて踏めばいいよ”って感じで許してくれそうですけどねぇ」
私「そうですねー。でも神様が許してくれても、なんかこう、踏めないものってあるじゃないですか……」
Sさん「確かに……」

私に踏めないものって何だろうと考えながら島原城を後にしました。
色々と踏めないものがある気がする……。

お次は雲仙岳でございます。

雲仙岳といえば火山。
1991年6月3日の大火砕流では報道関係者、火山学者、地元の消防、警察の方など多くの人が犠牲になりました。


今もなお火砕流の跡が見てとれます。


火口から煙(水蒸気?)のようなものが出ておりました。

ロープウェイを使って妙見岳の山頂まで行きました。普段山登りどころか運動してないのでめちゃくちゃ足腰にこたえました。

そして下山してまたすぐに移動です!


硫黄のにおいが漂う雲仙地獄めぐり……。
写真だと分からないんですが、見学用の歩道が硫黄に腐食(?)されて黄ばんでいるところもありました。

ここもキリシタン弾圧で、凄惨な拷問などが行われた場所でもあります。


小高いところにひっそりと十字架が立っておりました。


大叫喚地獄って響きがやばすぎる。

看板に「地獄に入らないでください」と注意書きがしてあってちょっと笑ってしまいました。

長崎は名古屋に比べ結構暖かかったんですが、ここは別格で暑かったです。
もくもくと吹き上がる水蒸気で“蒸し暑い”というのが正しいかもしれません。ちなみに温泉卵は食べられませんでした。


あっ、眼鏡橋です。(ほぼ素通り)

そして二日目のお宿に到着。
稲佐山観光ホテルです。

お部屋からは綺麗な夜景をみることができました。まさに1000万ドルの夜景!




夜景に心を打たれたり、宴会で大はしゃぎしながら、二日目の夜は更けてゆくのでした……。