泣くと。

兵器擬人化一次創作と映画の感想と日常

リクエストイラスト:日本陸軍の飛行機たち

お題箱」へのイラストリクエスト、ありがとうございます。
★日本陸軍の飛行機の擬人化が見たいです

★リクエストありがとうございます!描きました!
「我々が、日本陸軍航空隊戦闘機です」

「隼は日本一の戦闘機。P-40にもスピットファイアにも、負ける気がしません」
中島飛行機が生み出した日本陸軍を代表する戦闘機の一つ。
一式(皇紀2601年の1)と銘打たれているが、初飛行は零戦(皇紀2600年の)よりも早い。
とはいえ、隼が前線に出揃ったのも1942年に入ってからなので、連合軍からは零戦と誤認されることも多かったとか。
連合軍から「Oscar(オスカー)」と呼ばれた。

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「貴方が勘違いされませんよう、先に申し上げておきますが、これが鍾馗の仕事なので」
隼と同じく中島飛行機で生まれた戦闘機。
格闘戦は勿論、対大型機戦にも有用な重武装を兼ね備えた重戦闘機というコンセプトの元、開発が進められた。
加速性、上昇力、急降下性能に優れ、実際、800km/h以上でも主翼はびくともしなかったという丈夫な機体を持つ優秀な戦闘機だった。
連合軍から「Tojo(トージョー)」と呼ばれた。

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「闇夜に閃く龍の影……うぅ〜ん、いいね!夜の戦は屠龍にお任せ!」
川崎航空機によって作られた双発戦闘機。
「航続距離を生かし、爆撃機に随伴する」「高速化」「搭載力が大きいゆえの重武装」は双発の機体を生かしたメリットである。しかし、運動性能はやはり単発機に軍配があがるため、B-29の直掩にP-51がつくようになってからは、昼戦として殆ど機能しなくなってしまう。
性能不足ながらも、夜間空襲におけるB-29の邀撃において果敢に戦った。
連合軍から「Nick(ニック)」と呼ばれた。

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「あ、あのう、すみません。もう少しで直りそうなので、もう少し飛燕のことを待っていてください」
川崎航空機で開発された液冷エンジンの戦闘機。
そのエンジンはドイツのDB601を国産化した「ハ40」で、DB601はメッサーシュミットBf109にも採用されていたことから「和製メッサー」などとも呼ばれる。
初期不良の多さや、整備性に難があったが、航続距離は3,200kmと、零戦にも匹敵するほどであった。
連合軍から「Tony(トニー)」と呼ばれた。

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「マスタング、覚悟するであります!今日こそ疾風が勝つのであります!」
中島飛行機で開発された、陸軍の代表的な戦闘機のひとつ。大東亜決戦機とも称される。
開戦当時、ようやく隼が配備され始めたという状況で、実は鍾馗はまだ実戦投入までに時間がかかった。そんな折に陸軍から中島飛行機に開発の命が下ったのがこの疾風である。
末期にいたるにつれ、品質の低下やエンジン不良などに悩まされたが、多くの連合戦闘機と渡り合った。
美味しい燃料があれば頑張れる。
連合軍から「Frank(フランク)」と呼ばれた。

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「お待たせいたしました!キ100こと五式戦、華麗に戦場に舞い降りました!」
飛燕の機体に搭載するエンジンが供給不足だから、急遽空冷エンジンを載せてみたら意外と行けたでござるの巻。
操縦者からは高く評価されたが、いかんせん出てくるのが遅すぎた感が否めない。
Fw190A-5の設計を参考にしているため、ちょっと見た目が似ている。
日本軍側の愛称は特に無く、連合軍からのコードネームは与えられていないが、便宜上「Tony II」と呼ばれることがある。

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リクエストありがとうございました!
日本陸軍航空隊は九七戦が後継機に恵まれ、それぞれ個性豊かな戦闘機が揃っていると思います。皆違って、皆良い。
ドイツの面影残る三式、五式姉妹もいいですが、私は四式戦が好きですねぇ……。