泣くと。

兵器擬人化一次創作と映画の感想と日常

大艦の進水に寄せて

1940年8月8日は、大和型戦艦1番艦「大和」が進水した日です。

先日、知り合いの方から「なんで大和が好きなの?なんで大和の本ばっかり集めてるの?」と言われました。
以前も申し上げたように、私には戦艦大和との特別な縁故はございません。
かいつまむと、「見た目が格好良くて好き」とか「史上最強という響きに惹かれる」とか、そういった理由に帰結するのですが、今日はもう少しだけ掘り下げてみようと思います。

言われてみて気付いたんですが、他はそうでもないのに、戦艦大和に特化した本を何冊も持っているんですよね。そして、それらはかつて大和に関わっていた人々の《証言集》だったり、後の時代に生まれた学者さんや研究者さんの《学術研究》だったり、はたまたサブカル的な《ムック本》だったり、様々です。視点によって色々と内容に差異があるのは勿論ですが、ざっと読み返した結果、やはり読んでいて気持ちが盛り上がる(わくわくする)部分というのは結構決まっているのだと気付きました。

英国戦艦ドレッドノート竣工から起こる大艦巨砲主義の隆盛、白熱化する各国の建艦競争、ユトランド海戦に感化された八八艦隊計画……人々が戦艦を最も求めていた時代の話は、どれもとても興味深いです。

しかし、一番心が躍るのは、やはり大和の進水から竣工までの話でしょうか。
ネイヴァルホリデーが終わりを告げ、設計図上の線から現実のものへ、徐々に「第一号艦」がその姿を現していく様子がえがかれていると、もう本をめくる手がとまりません。そして船体が完成し、その体躯に見合わない静かな祝福を受け、第一号艦は「大和」になりました。
さしあたり、艤装工事が急ピッチですすめられていきます。装甲をまとい、艦橋を築き、測距儀を据え、砲塔を積み込む。竣工までの工程は、なんと120,000にものぼります。
41年10月には予行運転から全力公試が実施されました。

そうして大和が主砲の公試を終えたのは1941年12月7日。
真珠湾攻撃の一日前のことでした。

……

これより先の話は、またいつか別の機会に。

注水にしろ、滑り台にしろ、「進水」というのは特別なことで、船が始めて船として機能する日です。秘匿とされた大和の進水式は、他の艦艇の華やかな進水式とは別物のように感じられますが、大和もまた他と同じように、人々から大きな期待をかけられ祝福されたということは違いありません。

私はそんな風に、大和が愛されていたということを見聞するのが好きなんだろうなぁ。



77回目の進水日、お祝い申し上げます。